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2017/11/20更新
第4回 「本にまつわる俳句大会」入賞俳句発表 ― 選者入賞俳句と選評
タイトル:俳句大会

第4回 「本にまつわる俳句大会」選者入賞俳句と選評



【選者】 
 池田澄子 選
神奈川県生まれ。堀井鶏「群島」入会。同人。三橋敏雄「檣の会」入会。現代俳句協会賞入賞。句集に『空の庭』『たましいの話』ほか。
【入賞句 池田澄子 選】 
特選 主人公そろそろ死にさうな夜長 今井麦(いまいむぎ) 東京
入選 名月や目を瞑るごと本を閉づ 垣花千春(かきはなちはる) 宮城
蜜柑園棚にパソコン講座本 曽谷晴子(そやはるこ) 神奈川
読了や視線は月を捉へたる 竹内宗一郎(たけうちそういちろう) 東京
栞紐挟んで夏を惜しみけり 竹内宗一郎(たけうちそういちろう) 東京
帰省子の子の恐竜の英語本 朽木直(くちきちょく) 東京
佳作 のどかさや読みつまどろみ万葉集 伊藤恵子(いとうけいこ) 東京
コンサイスは兄の形見や終戦日 月野木潤子(つきのきじゅんこ) 神奈川
古書街の灯の落ちてより虫の闇 武田禪次(たけだみねつぐ) 東京
汗牛充棟秋灯を明うせよ 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
秋晴や学友の画集古書店に 鶴田幸男(つるたゆきお) 東京
【選評 「実感と具象と」池田澄子】 
賞品
 特選作品 賞品の色紙 

〈主人公そろそろ死にさうな夜長〉
大したことを言っていないような素振りです。ですが、この作者のわくわくぞくぞくが見事に伝わってきます。さり気なさが、読書好きな人物を彷彿とさせます。
 そろそろ寝なければいけないのに、この半端なところで寝るわけにはいかない。その姿と気分を鮮やかに描いて下さいました。
どういう小説なのか。「死ぬ」のですからミステリー?伝記物?
「そろそろ死にさう」とは、ある意味ではとても不謹慎な言葉です。ですが実は私たち、そんな気持ちで本を読んでいます。文学にとって「死」は大きな主題、逃れ難い主題ですから。

〈名月や目を瞑るごと本を閉づ〉
という作もあって、こちらもとても好きでした。たとえば前記の「主人公」が死んで、そうか、こういうことだったかと納得したり驚いたりして本を閉じる様子と気分は、確かに「目を瞑るごと」本を閉じるなあと、つくづくと親しく思いました。

〈読了や視線は月を捉へたる〉 
おそらく前句と近い感慨。同じ気分が、作者の表現の仕方によってちょっと違った顔つきにになる。「目を瞑る」と「月を捉へたる」という逆の行為を描くことで、同じような気分を表すということも、愉しく思いました。

〈栞紐挟んで夏を惜しみけり〉
こちらも読み終えた安堵感。読書に没頭していた状況から、ふっと
現実に戻った瞬間が詠まれています。同じような読後の状態が、詠み方によって様々な状態を見せることを面白く思いました。

〈蜜柑園棚にパソコン講座本〉
この具象が愉しいです。映画の一画面のようです。蜜柑園で働いて
いる人の新しい働き方への覚悟、その愉しさの具象が「パソコン」
ではなく「パソコン講座本」。この物だけの提示、写生、そのことへの感慨を全く述べていない。それが俳句の強みだと思っています。

〈帰省子の子の恐竜の英語本〉
こちらも具象の力強さです。「英語本」であることに読者は、ホー!
と愉しくなります。


【選者】 
 伊藤伊那男 選
長野県生まれ。皆川盤水の「春耕」入会。同人。俳人協会新人賞授賞。「銀漢」創刊。主宰。日本文芸家協会会員。俳人協会幹事。句集に『銀漢』『知命なほ』。
【入賞句 伊藤伊那男 選】 
特選 灯火親し本のなかなら会へる人 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
入選 徒然草邯鄲の声栞とす 大野田井蛙(おおのだせいあ) 埼玉
切なさの仮名にこぼるる歌かるた 佐古田安子(さこだやすこ) 埼玉
青春のかけら見付けし書架の隅 佐古田安子(さこだやすこ) 埼玉
月光に絵本抜け出るかぐや姫 濵子美作子(はまこみさこ) 愛知
螻蛄鳴くやなかなか抜けぬ本の函 武井まゆみ(たけいまゆみ) 東京
佳作 何度でも飛び出す絵本月の雨 武井まゆみ(たけいまゆみ) 東京
書淫の目上ぐればあづきあらひかな 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
主人公そろそろ死にさうな夜長 今井麦(いまいむぎ) 東京
古書店の匂ひかきまぜ扇風機 曽谷晴子(そやはるこ) 神奈川
思ひ出をこぼさぬやうに曝書かな 垣花千春(かきはなちはる) 宮城
【選評 伊藤伊那男】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

〈灯火親し本のなかなら会へる人〉
夏目漱石にも芥川龍之介にも太宰治にも、本の中でならいつでも会うことができる。『こころ』の先生にも、杜子春にも、生身の太宰にも会える。もちろん万葉集の歌にも紫式部や清少納言にも。そしてそれらの本を読んだ時代に交流した恩師や友人、恋人とも会える。しみじみ本の力は偉大だ。人との縁は一期一会だが、書棚の本にはいつでも会える。活字の隙間から続々と登場人物や数々の思い出が繰り出してくるのだ。

〈徒然草邯鄲の声栞とす〉
秋の夜長、虫の声を栞としてひとまず書を閉じる。声を栞に昇華させた知的構成の句で、抒情も深い。兼好法師には邯鄲が合いそうである。

〈切なさの仮名にこぼるる歌がるた〉
忍ぶ恋、淡い恋、禁断の恋…万葉集、古今集の時代から今日まで、人の心は変らない。日本の文芸の源流となった仮名文字で書かれた百人一首からは、さまざまな溜息が溜れる。「仮名にこぼるる」の措辞のうまさだ。

〈青春のかけら見付けし書架の隅〉
転居を繰り返すたびに本を処分してきたが、どうしても捨てられない本がある。目にする範囲にあるだけで安心感がある。古いアルバムと同じように「青春のかけら」である。

〈月光に絵本抜け出るかぐや姫〉
宇宙をテーマにした物語が平安時代に成立していたことには、改めて驚かざるを得ない。物語の最後にかぐや姫は月の国に帰り、作者の開いていた絵本には月光だけが残ったのである。

〈螻蛄鳴くやなかなか抜けぬ本の函〉
近時、函入りの本は少なくなったが、句集などでは今も見かける。だが、時々、なかなか抜けない函に会うこともある。その齟齬の面白さである。螻蛄は飛ぶ、泳ぐ、走る、掘る、登ると、五芸ができるが、全部無器用だという。そうした配合のうまさも感じる。


【選者】 
 齋藤愼爾 選
京城生まれ(現・韓国ソウル特別市)。秋元不死男に師事。氷海賞入賞。深夜叢書社を設立。「季刊俳句」創刊。芸術選奨文部科学大臣賞入賞。芝不器男俳句新人賞選考委員。
【入賞句 齋藤愼爾選】 
特選 大年のすれつからしの栞ひも 染井かしこ(そめいかしこ) 東京
入選 蚯蚓鳴く神代文字を紐解けば 山下美佐(やましたみさ) 東京
鵙の高音本筋たどり飛ばし読み 吉川葭夫(よしかわよしお) 東京
読みさしの「夫婦善哉」小望月 宮本起代子(みやもときよこ) 神奈川
敗戦忌父の蔵書の附箋追ふ 三好游糸(みよしゆうし) 神奈川
広辞苑詩篇のやうに諳ずる そら紅緒(そらべにを) 沖縄
佳作 行く秋や書庫の軋みをひとつ聞く 光汪(みつおう) 東京
読み難し神神の名や目借時 佐古田安子(さこだやすこ) 埼玉
寝待月宇治十帖に焦らされて 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
徒然草邯鄲の声栞とす 大野田井蛙(おおのだせいあ) 埼玉
新涼や初めましての手話の本 松木直子(まつきなおこ) 東京
【選評 齋藤愼爾】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

 特選を選ぶのに今回ほど難儀したことはない。入選五句のどの句を特選にしても不都合はない。〆切直前まで特選句と入選句が入れ替わった。「大年の」に決めたのは、己が選句眼に対する挑戦でもある。結局、この句はうっかりすると見落とされてしまうかもしれないという危惧の念が勝ったことになる。
 「本とかかわりのある句」という条件を、他の句が充たしていることは一読しただけでわかる。一句は〈私小説的〉というか物語性に富み、作者の読書に向かう精神の所在が察知される。だが特選句は「もの」としての本そのものを直視する。集英社『国語辞典』によれば、〈栞〉は〈枝折り〉から転じた語で「本の読みかけの所に挟んで目印とするもの」。〈枝折り〉は「昔、山道などで、通ったあとの道しるべとして木の枝を折っておくこと」とある。意味深だ。「道しるべ」とは読書という行為を象徴している。
 栞を考案したのは誰か。速読人間には栞は煩わしい。指にまといつき、すれっからしに感じる。「すれつからし」は「世間ずれして純真を失い、悪賢くなっていること、また、その人」(同前)というから要注意。読書=〈知〉は悪となりうる。栞の紐には「女を働かせて全てを捲き上げている情人」の意味もある。大晦日の夜、鬱屈した紐人間の自嘲句ともとれるから妙である。

[五句短評]
耳にしたことのない蚯蚓の鳴き声と読解不能の神代文字の配合が巧みだ。「鵙の高音」は危機の時代の暗示。読本はミステリーか。飛ばし読みして結果(真犯人)を知りたい。『夫婦善哉』の元芸者の蝶子とその馴染みの柳吉は、善良な庶民の典型だ。この小説を愛しているらしい作者の人柄までが彷彿する句。「父の蔵書」の附箋の箇所に感動する作者。息子や娘もいつか同じ感慨に耽ることも。読書史による家族の歴史。『広辞苑』の著者、編集者、刊行者に対する讃歌。語解釈の詩的にして滋味あり妙味ありの一句。


【選者】 
 水内慶太 選
中国・北京生まれ。上田五千石に入門。「畦」同人。畦賞入賞。中原道夫「銀化」創刊に参加。俳人協会会員。「月の匣」創刊。主宰。句集に『月の匣』。
【入賞句 水内慶太選】 
特選 書淫の目上ぐればあづきあらひかな 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
入選 吾の紡ぐ生も一書や星月夜 執行香(しぎょうこう) 千葉
古本に一攫千金求めけり 佐古田昭三(さこだてるぞう) 埼玉
晩夏光一語に重き辞書を引き 若山千恵子(わかやまちえこ) 岐阜
戦争を語らぬ父の『野火』重し 三好游糸(みよしゆうし) 神奈川
渋柿や本屋はどこも無愛想 金井硯児(かないけんじ) 静岡
佳作 枕辺に枕草子夜長人 加藤金太郎(かとうきんたろう) 東京
二日月鏡花のをんななど出さう 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
灯火親し本のなかなら会へる人 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
老いし師の解く創世記秋没日 宮本起代子(みやもときよこ) 神奈川
秋麗にスカイツリーの立つ絵本 曽谷晴子(そやはるこ) 神奈川
【選評 水内慶太】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

〈書淫の目上ぐればあづきあらひかな〉
俳人を「含羞の人」と評する俳論にしばしばお目にかかるが、この「書淫」などという言葉は「含羞の人」である俳人には中々使えない言葉である。「書淫」は精選版の日本国語大辞典では「度を過ぎて読書にふけること。書物を非常に愛好すること。また、その人。」とあり、これと同じような言葉に「文弱」という言葉がある。「文弱」は同じく精選版の日本国語大辞典に「文事にばかりふけって弱々しいこと。また、そのさま。」とあり、私も掲出句のように、「書淫」や「文事」という言葉をさらりと詠み込んでみたいものだ。また「書淫」という言葉がすんなりと飲みこなせたのは、「あづきあらひ」という季語によるところが大きい。「小豆洗」は昆虫の「茶立虫」の異称であり、仮名に開いたことで「書淫」を和らげる効果になった。

〈吾の紡ぐ生も一書や星月夜〉
人生を振り返える時、色々な出来事が脳裏を掠める。月夜のように明るい星空の下で、己が人「生」も「一書」に纏めたら満更でもないと思いふける作者。

〈古本に一攫千金求めけり〉
古本には「古本」と「古書」があり、「古書」の絶版本・希少本はマニアに高く売れるので、高価買取りしてくれる古本屋もある。「一攫千金」とは夢がある。

〈晩夏光一語に重き辞書を引き〉
俳句の鑑賞では度々思い当たる句だ。「晩夏光」の酷暑感に合点。

〈戦争を語らぬ父の『野火』重し〉
『野火』は死の直前における人間の極致を描いた、大岡昇平の小説。
「戦争を語らぬ父」の心情は肯える。

〈渋柿や本屋はどこも無愛想〉
本屋のおじさんの無愛想。紙離れ、本離れの昨今を思えば笑い事ではない。でも本屋は愛想よりも品揃えにこそ真骨頂あり。


【選者】 
 宮坂静生 選
長野県生まれ。富安風生、加倉井秋を、藤田湘子に師事。「岳」創刊。主宰。現代俳句協会賞入賞。読売文学賞入賞。信州大学名誉教授。現代俳句協会会長。
【入賞句 宮坂静生 選】 
特選 書淫の目上ぐればあづきあらひかな 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
入選 標本にならぬ空蝉日が沈む 吉川葭夫(よしかわよしお) 東京
図書室の微かな寝息夏の果 飯豊彬(いいであきら) 東京
主人公そろそろ死にさうな夜長 今井麦(いまいむぎ) 東京
コスモスが揺るる絵本をめくるたび 竹内宗一郎(たけうちそういちろう) 東京
螻蛄鳴くやなかなか抜けぬ本の函 武井まゆみ(たけいまゆみ) 東京
佳作 鵙の高音本筋たどり飛ばし読み 吉川葭夫(よしかわよしお) 東京
読み終へてカバーを外し薄暑光 安村庵村(やすむらあんそん) 東京
徒然草邯鄲の声栞とす 大野田井蛙(おおのだせいあ) 埼玉
国原に鷹の渡りや創世譚 執行香(しぎょうこう) 千葉
失なはれた時を求めてソーダ水 伊藤恵子(いとうけいこ) 東京
【選評 宮坂静生】 
賞品
 特選作品 賞品の色紙 

〈書淫の目上ぐればあづきあらひかな〉
秋の好日、書物が好きな人であろう。夢中になって読んでいる。
なにか障子のあたりでがさがさと音がする。本から目を離してみる。
ひとが居る気配ではない。気のせいかとまた続きを読む。と、また同じ音。近づいてみると茶立虫が乾いた障子紙を掻いている音と気付く。旧家の奥座敷か。そんな部屋を書齋としているとはうらやましきかぎり。書物があれば、他はなにもなくてもという本好き。このせわしい世を超絶した生き方に憧れる。

〈標本にならぬ空蝉日が沈む〉
標本にしようと苦心して空蝉を標本箱に虫針で止めようとしたものか。がさがさして空蝉の本体を毀してしまいそうであきらめる。秋の日昏れは早い。下五がいゝ。あきらめた心境をそれとなく察することができる。

〈図書室の微かな寝息夏の果〉
図書室の机の上に顔を置き、すやすや寝息を立てているのは受験生の勉強組か。夏休みも終りの頃。図書室の静かさはいろいろ。ここだけは昔も今もあまり変らない。

〈主人公そろそろ死にさうな夜長〉
長篇に夢中。秋の夜長にひもといている小説の主人公の病床での語りが長い。ぼつぼつ消えて、世代交代となりそうでありながら、まだ消えない。読者もいく分いらいら気分か。テレビドラマを見ている光景でもよい。

〈コスモスが揺るる絵本をめくるたび〉
戸外での絵本読みきかせの母子の場面か。コスモスに埋れながら絵本を読んでいる。絵本をめくるわずかの風の起こりにコスモスの花片が揺れる。若い母親の姿が浮ぶ。コスモスの明るい一重の花片は宇宙の星のようだ。

〈螻蛄鳴くやなかなか抜けぬ本の函〉
じーじーと地中で螻蛄が鳴く。書庫から本を持ってきてケースから出そうとしたが、抜けない。はやる気持と本が箱から抜けないいらいらとが、いく分暗くなる気持ちの翳りが見えるようで一句には発見がある。

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