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2018/10/18更新
第5回 「本にまつわる俳句大会」入賞俳句発表 ― 選者入賞俳句と選評
タイトル:俳句大会

第5回 「本にまつわる俳句大会」選者入賞俳句と選評



【選者】 
 池田澄子 選
神奈川県生まれ。堀井鶏「群島」入会。同人。三橋敏雄「檣の会」入会。現代俳句協会賞受賞。句集に『空の庭』『たましいの話』ほか。
【入賞句 池田澄子 選】 
特選 長き夜電子書籍が顔照らす 宮武由佳子(みやたけゆかこ) 兵庫
入選 決めかねて二冊とも旅鞄へと 今井麦(いまいむぎ) 東京
仲悪き作家並べてやる晩夏 塩川薫(しおかわかおる) 栃木
流星雨本に人魚を閉じ込める 濵子美作子(はまこみさこ) 愛知
水飯やエノラ・ゲイから撮りし街 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
不良図書投函箱のある日陰 高橋孝伯(たかはしたかのり) 愛媛
佳作 夏館父の手沢に邂逅す 垣花千春(かきはなちはる) 宮城
石榴割る和解のターヘル・アナトミア 石井きき(いしいきき) 東京
けやき書店の高き踏台夜の秋 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
赤鬼と一緒に泣きて午睡かな 宮本起代子(みやもときよこ) 神奈川
ぞつき屋に積みある句集片時雨 加賀城燕雀(かがじょうえんじゃく) 愛媛
【選評 「現代に生きている人の言葉」池田澄子】 
賞品
 特選作品 賞品の色紙 

〈長き夜電子書籍が顔照らす〉
 今、私もパソコンの光を顔に受けている。とても目に悪いがコレがなくてはどうにもならない。電子書籍は何冊の本を買っても邪魔にならないし、暗い所でも、電車の中でも読めるし有り難い(私は苦手だけれど)。
 この「顔」は自分とは限らない。自分でも他人でも構わないところも亦、現代の景である。目に悪いとか便利だとか、何も主張していないし、主張する気持ちがない様子。そのことも現代の一景。理屈も気持も書かれていない、さり気なく現代を見せているとも言える。

〈決めかねて二冊とも旅鞄へと〉
 そんなには読めないのに、と読者は思う。
「決めかねて」が親しく愉快である。電子書籍ならこんなことは悩まなくていいのに、と親しい気持ちになる。こちら派の私は、うんうんと共感する。「決めかねて」という、くどい説明語が程よく生きていると思った。

〈仲悪き作家並べてやる晩夏〉 
 「仲悪き作家」って居そう。でも後は、本を買った人のやりたい放題である。買った人、この句の作者がにやにやしていても買ったのですからご自由に。「やる」が愉快。

〈流星雨本に人魚を閉じ込める〉
 こちらも、本を買った人の勝。実際には本を閉じたということかもしれないが、「閉じ込める」と詠み書いたことで、人魚を私した。

〈水飯やエノラ・ゲイから撮りし街〉
 凄い句、と思った。先ずは、特選用の付箋を貼った。「エノラ・ゲイから撮りし街」、街は崩れ、人間をはじめ生きている動植物が一瞬にして融け或いは消えてしまい、又はお化けのような形になり、命あっても更に悲惨に向かうその街。安全な空から撮られた街。写真集だろうか、其処にあった街、地獄の写真。
 しかし「水飯や」で、困った。常識的すぎないかと。「水飯」では容易。今を生きる作者が見えてこない。残念でならなかった。

〈不良図書投函箱のある日陰〉
私は見たことはないが、在るのでしょう。おおっぴらにではなく在る様子が思われる。澄ましてポンと入れて、さっさと去るに都合の良い、そんな場所、在りそうだ。


【選者】 
 伊藤伊那男 選
長野県生まれ。皆川盤水の「春耕」入会。同人。俳人協会新人賞授賞。「銀漢」創刊。主宰。日本文芸家協会会員。俳人協会幹事。句集に『銀漢』『知命なほ』。
【入賞句 伊藤伊那男 選】 
特選 迷宮に入るや晩夏の書肆の森 浦戸和こ(うらとわこ) 東京
入選 店先のグラビヤ焼ける油照 今井麦(いまいむぎ) 東京
新涼や小膝に乗するファッション誌 本郷正子(ほんごうまさこ) 宮城
風鈴の下に広げるサザエさん 武井まゆみ(たけいまゆみ) 東京
でこぼこに立つ絵本棚雲の峰 苳羊右子(ふきようこ) 京都
長き夜電子書籍が顔照らす 宮武由佳子(みやたけゆかこ) 兵庫
佳作 立読みの古書より葉書荻の風 生田武(いくたたけし) 東京
歴史書の怨念食ぶる紙魚に会ふ 曽谷晴子(そやはるこ) 神奈川
流星雨本に人魚を閉じ込める 濵子美作子(はまこみさこ) 愛知
邯鄲の夢を見たくて古書街へ 武田禪次(たけだみねつぐ) 東京
歳時記に秋の出水の泥乾く 松岡惠美子(まつおかえみこ) 京都
【選評 伊藤伊那男】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

〈迷宮に入るや晩夏の書肆の森〉
 古書店の奥行きの深さ、暗さ、独得の匂いなど全てをひっくるめて「書肆の森」と捉えたのは見事な措辞だ。喧噪の街から一歩敷居を跨いだら一変して静謐な世界に入る。無数の本を樹本の一本一本と見立てたのがいい。一冊一冊にさまざまな知識と知恵が詰め込まれていて、まさに無限の迷宮である。「晩夏」の季語を配したのは、思索の世界に入る季節の変化、心の変化を予感させるようだ。さて聞くところによると太平洋戦争の折、神保町が空襲を免れたのは、米軍が古書店の文献の焼亡を惜しんだためという。そのような歴史も含めて、この句を知れば、東京のどこに迷宮があるか、と問われたら、それは神田の古書街である、と答えることになりそうだ。

〈店先のグラビヤ焼ける油照〉
 古書店は本の日焼けを避けるため庇を深くするのだが、十把一絡げのグラビヤ雑誌は別。水着の美女は更に日焼けしていくのである。

〈新涼や小膝に乗するファッション誌〉
 カフェテラスなどで見るともなくファッション誌を拡げる。外気が心地良い初秋の都会の一風景を綺麗に写し取った。

〈風鈴の下に広げるサザエさん〉
 戸を開け放った日本家屋の畳の上に寝転んでサザエさんを読んでいるのだ。まるでサザエさんの漫画の時代に入っていくような構成の句だ。風鈴の季語が効いている。

〈でこぼこに立つ絵本棚雲の峰〉
 表紙が固く、形もまちまちの絵本。棚に並べるとあたかも雲の峰のようだ。もちろん窓の外にも雲の峰が…。

〈長き夜電子書籍が顔照らす〉
 今電車の中を見てもスマホの人ばかり。漫画もスマホで見ているようだ。これからは「電子書籍」が普通になっていくのであろうか…。私は阻止したいのだが…。


【選者】 
 遠藤若狭男 選
福井県生まれ。鷹羽守行「狩」入会。同人、編集長を経て退会。「若狭」創刊。主宰。日本文芸家協会会員。俳人協会評議員。句集に『神話』『青年』『船長』など。毎日俳壇賞受賞。評論『人生百景―松山足羽の世界』本阿弥書店刊がNPO法人 日本詩歌句協会 第13回評論大賞を受賞。
【入賞句 遠藤若狭男 選】 
特選 紙魚走る鬼籍に入りし師の句集 松岡惠美子(まつおかえみこ) 京都
入選 曝書百巻近世日本國民史 越仲高志(こしなかたかし) 神奈川
絵草子の表紙の手擦れはたた神 祐森水香(すけもりみか) 埼玉
かなかなや酒のあてなる江戸古地図 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
生盆や家族史を出す話など 我部敬子(がべけいこ) 東京
探求本安値で入手ビール酌む 日景洋一(ひかげよういち) 東京
佳作 燈火親し古書奥付の検印も 田中喜翔(たなかきしょう) 千葉
着膨れて気付くさみしさ画集閉づ 鈴木恭子(すずききょうこ) 埼玉
立ち読みで帰るか檸檬置くべきか 砂山恵子(すなやまけいこ) 愛媛
小さき手が絵本かかへる昼寝かな 太田滴(おおたしづく) 愛媛
ハリーポッター耽読の子の朝寝かな 白濱武子(しらはまたけこ) 東京
【選評 遠藤若狭男】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

 俳句は「何を詠うか」よりも、その「何をいかに詠うか」が大事といつも自分に言い聞かせつつ句作していますが、もちろんそう簡単ではありません。『本にまつわる俳句大会』のパンフレットには、「本に関係したものならばなんでも結構」と懐深く記されているものの、類想は致し方なく生じます。今回選出させていただいたのは、「何を詠うか」を超えて、すなわち類想を超えて、「いかに詠うか」に腐心したと思われる作品で、その良き例が佳作の

〈小さき手が絵本かかへる昼寝かな〉
〈ハリーポッター耽読の子の朝寝かな〉

です。前句は幼稚園児ほどの子どもの夏休みのひとこまが、そして後句は、中学生か高校生の春休みならではの場面が類想を超えて詠われています。他の佳作三句――――

〈燈火親し古書奥付の検印も〉
〈着膨れて気付くさみしさ画集閉づ〉
〈立ち読みで帰るか檸檬置くべきか〉

もまた「何を詠うか」を超えた世界が捉えられています。次に入選句の五句として、

〈曝書百巻近世日本國民史〉
〈絵草子の表紙の手擦れはたた神〉
〈かなかなや酒のあてなる江戸古地図〉
〈生盆や家族史を出す話など〉
〈探求本安値で入手ビール酌む〉

を揚げます。どの一句からも本を愛する作者ならではの息づかいのようなものが感じられ、それがいわゆる俳味となって読み手の心にひびくのです。そして特選に推したのが、

〈紙魚走る鬼籍に入りし師の句集〉

という一句です。見てのとおり「紙魚走る」にしても、「鬼籍に入りし」にしても、「師の句集」にしても、目新しいものは何ひとつありません。にもかかわらず、何度読んでも心から離れていかないのは、おそらく背景に人生の不条理に通じる世界がにじんでいるからでしょう。それこそがこの俳句の存在意義(レーゾン・デートル)まちがいなくそう言えます。

〈立ち読みで帰るか檸檬置くべきか〉

この一句の「立ち読みで帰るか」が、たとえば「この本を買って帰るか」とつづくならば、よくある話で終わってしまいます。しかし作者は、「檸檬置くべきか」と飛躍させました。「か」とためらうような結びながらも、梶井基次郎の名作『檸檬』の主人公に自らを 重ねようとしているのです。もちろん主人公が「奇怪な悪漢」と微笑ほほえむ場面に至るまでです。とは言え『檸檬』の模倣ではありません。平成の世の『檸檬』が見えてきます。それがこの一句の存在意義です。


【選者】 
 齋藤愼爾 選
京城生まれ(現・韓国ソウル特別市)。秋元不死男に師事。氷海賞受賞。深夜叢書社を設立。「季刊俳句」創刊。芸術選奨文部科学大臣賞受賞。芝不器男俳句新人賞選考委員。
【入賞句 齋藤愼爾選】 
特選 春愁や古書の値うちのあるなしも 遠藤幸子(えんどうさちこ) 群馬
入選 心音にもつとも近き雪の稿 鈴木恭子(すずききょうこ) 埼玉
帰省して蔵書に父の昭和かな 朽木直(くちきちょく) 東京
夏の旅短編も未だ荷のままに 中村順子(なかむらよりこ) 埼玉
短夜の夢に編みたる一代記 執行香(しぎょうこう) 千葉
古書を売る夫に炎天あるばかり 相沢文子(あいざわふみこ) 東京
佳作 曝書百巻近世日本國民史 越仲高志(こしなかたかし) 神奈川
夏百日一書貸したり返したり ろくかふ潤一(ろっこうじゅんいち) 神奈川
百代の枯葉の栞古書の旅 保田貴子(やすだたかこ) 東京
ひなのごと鞄の底の文庫本 小景(しょうけい) 京都
浮舟てふをんな厭はし秋蛍 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
【選評 齋藤愼爾】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

 特選選びに苦慮した。完璧なのは「心音…」の句だが、古書を直接テーマにした「春愁…」に決す。春愁なる春の物思い、憂之、哀愁を古書に託し、ここまで心理的陰翳を刻印した句はない。春愁と同じ季語に「春愁う」「春恨」「春怨」「春の恨み」「春かなし」「春思」などがあるが、掲句はこの幾種もの語のイメージの全てを纏っている。名著に値段をつける因果な職業を自嘲、憐憫するかとおもえば、高邁なる天職を誇っているかにも思える・・・ああ春は悩ましい。「心音」は文豪が名作を書きおえた景か。<畢>と記し瞑目する。傑作に世界は息を呑み沈黙する。しんしんと降る雪は賛辞、栄誉、文豪の心臓の拍動の表徴。「帰省」して父の書斎に入る。六十三年も続いた昭和の世を生きた父の精神史が蔵書でわかる。「父の昭和に拮抗する俺の平成はあるか」との呟き。「夏の旅」は上五や中七を変化させれば、春夏秋冬、通用する。一例が「秋の旅長編も未だ荷のままに」。「短夜」の夢を邯鄲の夢とか一炊の夢ともいうが、人の世の栄枯盛衰ははかない。せめてでも一代記を綴り、永遠とつながるか。夫は普段、炎天下の路上で古書を売っているわけではない。昼なお暗い店内で客待ちしている夫の胸中で<炎天・酷暑>が沸騰していることを妻は知らねばならぬ。漢字だけで紡いだ一句。「國民史」という表記に皇国史観に誑かされた世代の悲哀を感じる。近現代史の書を虫干しすることで、従軍慰安婦の問題などを克復するべきだろう。夏百日に限らず、貸した本を約束通り返してこない不逞の輩がいるから厄介だ。「百代の枯葉の栞」の技巧の冴え。シャンソンの一節が聴こえてくる。文庫本を雛に譬えた。思わず嘆声をあげた。作者の文庫愛は本物である。『源氏物語』の理解は結局、「浮舟」の巻にどう想像力を飛翔させうるかにかかっている。次点は「立ち読みで帰るか檸檬置くべきか」の梶井基次郎と、「紙魚走る鬼籍に入りし師の句集」。念のために言うが、句集が鬼籍(忘却)に入ったのではない。


【選者】 
 水内慶太 選
中国・北京生まれ。上田五千石に入門。「畦」同人。畦賞受賞。中原道夫「銀化」創刊に参加。俳人協会会員。「月の匣」創刊。主宰。句集に『月の匣』。
【入賞句 水内慶太選】 
特選 立ち読みで帰るか檸檬置くべきか 砂山恵子(すなやまけいこ) 愛媛
入選 明星は母のバイブル夕河鹿 吉澤利枝(よしざわとしえ) 東京
百代の枯葉の栞古書の旅 保田貴子(やすだたかこ) 東京
悪役に肩入れしたき夜長かな 宮本起代子(みやもときよこ) 神奈川
夜の秋へ沙翁の科白うらがへす 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
歳時記に秋の出水の泥乾く 松岡惠美子(まつおかえみこ) 京都
佳作 夏館父の手沢に邂逅す 垣花千春(かきはなちはる) 宮城
時刻表繰る病室の夜長旅 保田貴子(やすだたかこ) 東京
古書市の為書き句集のうぜん花 加賀城燕雀(かがじょうえんじゃく) 愛媛
入院の供に旅行記鰯雲 生田武(いくたたけし) 東京
槍上ぐるドン・キホーテの戯画盛夏 垣花千春(かきはなちはる) 宮城
【選評 水内慶太】 
賞品
特選作品
賞品の短冊

〈立ち読みで帰るか檸檬置くべきか〉
 昨今の若者に限らず紙離れ、活字離れが叫ばれて久しいが、漢字が読めない書けない意味が解らないのは困ったことである。二十代の六割以上がスマホで電子書籍を利用している。そこで某リサーチ会社が、読者に関するインターネット調査を実施したところ下記の結果が寄せられた。モニター千名の中から、全国の二〇代から六〇代の男女を対象にした。この調査では、「就寝前」、病院などの「サービスの待ち時間」、「待ち合わせ」、「通勤・通学」における項目の隙間時間の読書について調べた。その結果「就寝前一九.二%」「サービスの待ち時間一八.五%」「待ち合せ一七.九%」「通勤・通学一六.七%」であった。また、この調査はほんの一例で対象者も規模が小さいことから、絶対的のもの(調査は二〇一四年八月)ではなかった。ただ、この結果からして、掲出句の「立ち読み」という文化も消えてしまうという危惧とともに、「立ち読み」がなくなるという淋しさを抱かざるを得ない。「立ち読みで帰るか」で切ることで、瞬時に心の逡巡を表現することが出来た。「檸檬置くべきか」の時間の「間」が何とも素晴らしい佳句だ。

〈明星は母のバイブル夕河鹿〉
 一九五二年一〇月号が創刊の「明星」は、集英社が発行している老舗の芸能雑誌である。編集ポリシーはミュージカルのステージをイメージし、「夢と希望の娯楽雑誌」に成長した。やがて「明星」は集英社のドル箱雑誌になり、「平凡」を凌ぐまでになった。「夕河鹿」の鳴く郷で作者のお「母」さんは、「明星」を手に未来に夢を馳せていたのだろう。「明星」イコール「バイブル」が明けの星だ。

〈百代の枯葉の栞古書の旅〉
  「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり」で始まる「序文」といえば「奥の細道」だろう。その古書の「百代の過客」から旅を繋ぎながら「枯葉の栞」の時空を繋いでいる…。

〈悪役に肩入れしたき夜長かな〉
 作家と読み手の「仕掛け所」と「推理」。この二つが上手だと、「悪役に肩入れした」くなるものだ。「夜長」ゆえ、存分にどうぞ…。

〈夜の秋へ沙翁の科白うらがへす〉
  「沙翁(沙吉比亜)」から「科白」を「うらがへす」が美事。

〈歳時記に秋の出水の泥乾く〉
 今年は長雨、台風など災害が多く、ありがたくない当たり年だった。「歳時記」さえ「秋の出水」で泥水に浸かってしまった。神のご加護を。


【選者】 
 宮坂静生 選
長野県生まれ。富安風生、加倉井秋を、藤田湘子に師事。「岳」創刊。主宰。現代俳句協会賞受賞。読売文学賞受賞。信州大学名誉教授。現代俳句協会会長。
【入賞句 宮坂静生 選】 
特選 蟭螟や賢者のことば溢るる書 鈴木恭子(すずききょうこ) 埼玉
入選 枕にはドストエフスキー晩夏かな 勝谷美稲子(かつたにみねこ) 埼玉
紙魚唄う神保町の秋の暮 伊丹啓子(いたみけいこ) 東京
団扇にて本を煽ぎぬ古書店主 曽谷晴子(そやはるこ) 神奈川
背表紙は飾り窓めくけふの秋 生田武(いくたたけし) 東京
古書店につまの青春遺稿集 杉田小百合(すぎたさゆり) 長野
佳作 機械の本ばかり楽しむ夏休み 武田花果(たけだかか) 東京
古書を売る夫に炎天あるばかり 相沢文子(あいざわふみこ) 東京
古書店の隅が避暑地といふ暮らし 谷口いづみ(たにぐちいづみ) 神奈川
煤逃げの追手払ひて図書館へ 白濱武子(しらはまたけこ) 東京
帰省子の寧ろぐ先は古本屋 加藤多津子(かとうたずこ) 愛知
【選評 宮坂静生】 
賞品
 特選作品 賞品の色紙 

 本好きな方が投句するのであろう。凝った句がある。特選は睫毛に蚊が巣づくる
という「蟭螟」(しょうめい)を詠う。『列子』に出る想像上の小さい虫。瞬きひとつ
しないで本に夢中になる賢者を描いている。本には賢い言葉が溢れている。本を読めともいうのではないが、メールやスマホばやりの昨今を平然とみて、本の蟄のさまを描く大人のさまが面白い。
蟭螟が珍しい夏の季語。
 入選句もユニーク。ドストエフスキー全集を枕に昼寝とはさぞかし流刑地シベリアが夢に出て涼しいことだろう。世界の至宝大文豪の全集も昼寝の枕とは、世の変転には敵わない。
 本の町神保町には紙魚の唄が流れる。それも秋の暮。さびれたのではない。古書街とはこれが本来、ここに趣がある。(勝手なことをいい、もうしわけない)。団扇で売りものの古書を煽ぐ店主の風格もよし。本は背表紙が飾り窓。お洒落な作。立ち寄った古書店に早世の夫が青春の日に出した遺稿集がある。思わず手にして、しばしの愛惜に立ち去り難い思いであった。
 佳作にもいい句がある。
古書店の涼しさ。隅に店主がいるのか、私がしばしばその場所を知って行くのか。多分前者。箱根や軽井沢なんかではなく、店の隅が避暑地とはつつましく、効率抜群。図書館が煤逃げの場所とは類想があろう。が「追手払ひて」が可笑しい。帰省子は本好き。故郷の古本屋が寛ぎの場所とはなかなか。スマホ狂ばかりが現代青年ではない。とはいえ、古書を処分したい夫にはこの厳しい暑さ。実感が滲む。

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